肺がん闘病記―転移と治療の始まり
   検診や治療、手術、転移などの肺がん闘病記
 

 闘病記―肺がん検診

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肺がん検診から全てが始まりました。転移どころか自覚症状もなかった肺がん検診を受けに行ったのは、会社の健康診断に引っかかったのが原因で、それまではまさか自分が深刻な病気になっているなど、予想した事もない。あの頃の私にとって、闘病記で肺がん検診や治療のことを発表することになるなど、まったく検討もつかないことだった。

現実はいつのまにか水面下で事細かに仕組まれていたらしく、転移が見られるまでに肺がんの症状は進行してしまっていた。もし自分が会社員でなければ検診を受けるなん何年先のことになったか分からないし、末期になるまで放置していた可能性すらある。毎日の暮らしの中で、肺がん検診を受けようかと考えたことすらないのが実情だった。

部下の管理や部の仕事の進捗状況には気を揉んでいたが、自分の健康に対する意識は薄かったといわざるを得ない。同僚が風邪で会社を休めば体調管理ができていないと心に毒づいたが、自分は熱があっても休まなかった。周囲に風邪を引いたと思われたくないので、できる限りマスクもしないようにしていた。

年齢相応に健康なつもりでいたからこそ、肺がん検診というものは遠い異国の出来事のように感じていて、テレビで特集が組まれていたとしても、まったく気にとめずにチャンネルを回していたことだろう。考えても見れば、世界経済の解説や株価の変動によって自分の生活が受ける影響よりも、病気によって生活を変えられることの方が深刻なのだから、健康番組を黙殺して経済ニュースばかりを見ていたのは、あまり合理的な選択ではなかったのかもしれない。

テレビの健康番組さえも見ないのに、闘病記などわざわざ読むわけもないし、肺がんの検診にせっかくの休みをつぶそうとも思わない。そんなことをするぐらいなら、平日の疲れを癒すためにも家でゴロゴロしていた方がよほど良いとさえ思っていた。今から思えば不健康な生活習慣だが、その陰でがん細胞が転移しているなんて思わないのだから仕方がない。

医師が気の毒そうな顔で眉間にしわを寄せている意味が飲み込めず、自分の葬式を見ている幽霊のような気持ちになって病院の椅子に腰をかけていたことを覚えている。私の心痛の何倍もの無念さが、医師の表情には表れていた。思い返してみれば、患者の気持ちを汲もうと賢明な名医なのかもしれない。ただ、当時の私は感情が理解についていかず、心に波風一つたっていない状態だった。

電車の中で手にしている本が、告知を受けてから変わった。最初の1週間ほどは今まで通りビジネス書を読んでいたのだが、日に日にまったく頭に入ってこなくなっていったのが分かったのだ。出勤中にぼんやりと考え事をするようになり、それは決まって肺がん検診や、告知のことだった。

徐々に理解と感情が一致してきて、こうしている場合ではないという危機感が募り、書店に足を運んだ。普段足を止めるビジネス書コーナーや、話題のベストセラーが平積みされているスペースには目もくれず、早足に健康書のコーナーを探し回った。本屋は好きだが、今まで足を踏み入れたことがない分野だった。医学書や闘病記が並んでいる。

症状が解説されているものもあれば、治療法について詳しく記述されているものもある。ただ、医学書はあまりにも難解だった。通勤中は読書の時間と決まっていたので、年間に100冊近くの本を読んでいるはずだったが、専門用語の羅列のような医学書にはめまいを覚え、特に横文字には辟易した。元素記号のような言葉が何を意味しているのか、いちいち注釈を読んでいたのでは、文脈がまったくわからなくなってしまうだろう。そもそも、これではドイツ語で書かれた本を、辞書を片手に読み解こうというのと変わらない。

何冊かを手にとっては棚に戻し、闘病記に手を伸ばした。そこには患者の生の声が綴られていて、自分と同じように肺がんの検診を受けて症状や転移が見られると告知されたり、苦労しながらも治療を受けたりする様子が描かれていた。幸い、専門用語もそれほど多くは用いられてはいない。

レジに行って精算を済ませると、普段とまったく異なるジャンルの書籍を購入したので不思議がられるかと思ったが、若い男性店員は一人一人の客の顔や好みを覚えてはいないようだった。寂しい気もしたが、大学生ぐらいの年齢の若者が、書店の賃金の相場からして、おそらく周辺のファーストフードに比べると安い時給でアルバイトをしているのだから、高いプロ意識を要求するのも酷なことだ。大体、「闘病記なんて珍しいですね」などと声をかけられようものなら、その方がはるかに迷惑だろう。

都会の無関心に少しばかり寂しさと安堵を感じながら、帰りの電車で早速読み始めた。末期患者が書いた闘病記らしく、私以上に切実な症状であることが伺えた。治療や手術によって体が受けたダメージは甚大で、傍目から見るとひょっとして何もしない方が良かったのではないかとさえ思えた。

自分も、これから肺がん検診の結果を受け止めて治療に励まなければならないことを考えると、憂鬱にならざるをえない。幸いなのは、担当医が名医かもしれないと思えるほど印象が良かったことだ。親身になって相談に乗ってくれることは疑う余地がなかったのだから、その点においては恵まれていると言えるだろう。

人によっては、名医を求めて遠方まで行くこともあるというし、そのために治療費やホテル代がかさみ、生活が破綻しかけることもあるらしい。たしかに健康を取り戻すためなら、お金を惜しんでいる場合でもないだろう。お金は使うためにあるというが、確かに命を削ってまで貯蓄を増やしたところで何の価値もないだろう。

肺がん検診という出来事がなければ、今までどおり会社と自宅を往復するだけの毎日を過ごしていたことだろう。それが健康というテーマについて頭を悩ますようになったのは、大きな変化だ。人間、変われば変わるものだと認めざるを得ない。そして、偶然手にした闘病記には、その後の人生を揺るがす意外なことが書かれていた。

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