肺がん闘病記―転移と治療の始まり
   検診や治療、手術、転移などの肺がん闘病記
 

 闘病記―肺がんの転移

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転移について肺がん闘病記を書き出すことにした。まずは症状を発見した検診のことや、そこから始まった治療についての紹介が先に行われるべきものなのかもしれないとは思いつつ、もっとも大きな関心事は無視することができず、結局そのような結論に至った。大きな病気はしたことがないし、まさか自分が闘病記に肺がんの転移のことを記述するような立場になるとは予想することもできず、そもそも作家やルポライターのような文筆業でもないのに、自分の書いた文章をインターネット上とはいえ世間に公表することだって、以前なら考えられなかったことだ。

それでもこうして闘病記を肺がん転移という糸口で書き始めたのは、誰かに自分の思いや悩みを聞いてほしいという身勝手な動機と、自分の経験を同じ病気に苦しむ人の参考になればという想いと、半々だろう。自分が告知を受けて戸惑ったように、あなたやその家族が病気と折り合いを付けながらの暮らしを始めたのであれば、まずは気持ちをしっかり持って落ち着いてほしい。経験から出る言葉だが、我が身を振り返れば、動揺しっぱなしで少しも冷静になどなれなかった。そのおかげで治療が遅れ、症状も進行してしまうという悪循環を招いてしまったことは、今でも悔やんでいる。

検査を受けてすぐに医師と話し合いを持っていれば、その間に肺がん転移が進むことを抑えられたのだろう。100%遮断するというわけにはいかないにせよ、一部は抑制できたはずだ。病名を聞いた途端に血の気が引いて、死を連想してしまい、真剣に病気と向き合うことを恐れてしまったことが最大の問題点だった。目を背ければ一時的には恐怖が遠のくし、不都合な真実だって耳元でわめき散らしているわけではないのだから、曖昧にごまかしていればしばらくの間はしのげるというつまらない打算が処置を遅らせてしまったのだ。

逃げていたところで肺がんが転移するのを予防できるわけではないが、少なくとも気は紛れる。良くも悪くも、症状の進行は実感を伴うものではなく時差があるものなので、一端は不安を回避することができた。その間にも治療をしないことにより事態は悪化し、後に苦労することになるわけだが、それだけ現実を克服しようという精神の強さが足りなかったということを今になって思う。どのような特徴のあるかということや生存率について調べてみるわけでもなく、元々持っていた曖昧な知識が増えることもなく、ただ無意味に生きていただけだった。

もし肺がん転移が末期の段階にまで進んでいたとして、残りの人生を燃え尽くすような情熱をもって過ごせたかと考えれば、きっとできなかっただろう。くすぶったまま、現実逃避を続けて最期の瞬間が近づいてきたら取り乱すというのがせいぜいだったと思う。自分が情けなくなるが、どうやら長年生きてきても本質は脆弱なままだったようだ。肺がんという病気に怯え、他の臓器に転移することを適切に予防することもできなかったのだから、成熟した大人としての対応ができていなかったと指摘されても、反論の余地もない。

常に死と隣り合わせの侍のような気概を持って会社員をするということは、現実的に考えれば困難であるとは分かっていたが、まさかここまで平和ボケしているとは考えていなかった。イレギュラーな出来事が起きたときに、まるで何もできないなんて無能な人間だと思っていたが、どうやら自分がそうだったようだ。平凡ではあったが、健康にはそれなりに自信があった。強烈な個性がない分、大きな悲劇に見舞われないのも自然だという意識が心の片隅にはあったし、肺がんが転移していくというイメージは自己認識とうまく調和していなかった。

死という遠くにあったはずの事象が、いつのまにか目の前に立ちはだかっていて、手を伸ばせば触れられる距離になっていたことに愕然としてしばらく時間は過ぎていたが、いい加減現実から目をそらすのも限界が来る。勇気を出して全てを受け入れる度量を見せなければ、小物のままで人生を終えてしまうという焦りも湧いてきて、ここは一勝負しなくてはならないと、すっかりなまった肩を回してみたりして、心の中の弱い部分を追い出そうと、対峙するイメージを繰り返し描いては挫折してみた。

転移も肺がんも何かの間違いだったと、医師が言ってくれたら笑って許す器量は持っているつもりだったが、それは心が広いからではなく、助け舟を出してくれた有り難さからそうするだろうというだけの後ろ向きなものだ。夏休みの宿題を最終日まで残しておく子供ではないのだから、いつまでも問題を先延ばしにしているわけにはいかない。決意を決めて、真剣に治療を受けるという申し出を主治医に対して行った。

そうでもしないと、また逃げ出したくなることが分かっていたので、あえて毅然とした態度を演出してみたが、すでに肺がんも転移しているのに、今さら何を言い出したのだろうと思われていたのかも知れない。それまで逃げ回っていたのだから、笑われたって仕方がないという覚悟はしていた。ただ、白衣に身を包んだ医師は、人間の弱さをも慈しむような目をして、「これから一緒に治療を始めましょう。」と語ってくれた。

これまでのことが負い目になっていた私は、もしかしたら名医に出会えていたのかもしれないとひとしきり感動し、その日からは処方された薬は必ず服用するようになった。肺がんは転移をはじめているし予断を許す状況ではないが、末期にまでは達していない。確実に時間を無駄にしてしまったが、それがあったからこそはっきりとした決意ができたということも事実だ。これまでの分を取り返すためにも、できる限りの努力はしようと自分の胸に誓った。

転移という現象は治療の大敵になるし、それを呼び込んでしまったのは自分の煮え切らない行動と意志薄弱な態度だった。それなら、かつての過ちを挽回するだけの努力を示すしかない。幸い、主治医に見放されてしまうような悲劇は免れたし、今さらながら闘病生活のスタートを切る準備ができた。過去を振り返るよりも未来をしっかりと視界に捕らえて第一歩を踏み出したのがこの時期だった。

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